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紀州備長炭の歴史

 

1.弘法大師空海

炭の製法は弘法大師空海が中国から持ち帰って仏教の布教とともに各地に伝えたといわれている。空海が開いた仏教都市「高野山」をはじめ和歌山県各地にその製法は伝播し火持ちの良い火力の強い紀州の炭として重宝されていた。

2.熊野炭/田辺炭/日高炭

 製炭技術は改良されながら紀州備長炭として今ある姿になったのは江戸時代の元禄1700年代と 言われている。当時は熊野炭(ゆうやたん)田辺炭などという製炭地域の名称を冠して呼ばれていた。この時代紀南の炭はすでに生産量、品質ともに日本一を誇っていた。

3.備中屋長左衛門

 紀州田辺で炭問屋を営んでいた中屋左衛門(びっちゅうやちょうざえもん)が自らの名前を付けて「備長炭」とし販売したのが名前の由来。江戸時代紀州藩は炭を専売制としておもに江戸に送って現金収入を図る一方、製炭者へは無償の融資をし、返済は炭で納めさるなど炭焼きへの優遇策がとられた。

4.和歌山県無形民俗文化財

 1974年(昭和49年4月9日)紀州備長炭の製炭技術は県の無形民俗文化財に指定。保存団体は紀州備長炭技術保存会。